2010年10月30日土曜日

源氏12歳になる年

弘徽殿の女御、またこの宮とも御仲そばそばしきゆゑ、うち添へて、もとよりの憎さも立ち出でて、ものしと思したり
弘徽殿の女御は、またこの宮様ともよそよそしく、しっくりしないお付き合いをされていて、それに添えて、源氏の母憎しの感情が甦ってきたので、目障りなものと思うようになったようです。

世にたぐひなしと見たてまつりたまひ、 名高うおはする宮の御かたちにも、なほ匂はしさはたとへむ方なく、うつくしげなるを、世の人、光る君と聞こゆ
世になく美しいと評判の宮さまのご容姿に比べても、更に、照り映える美しさは例えるところがなく、可愛らしくていらっしゃるので、世の中の人々は、光る君と申し上げております。

藤壺ならびたまひて、御おぼえもとりどりなれば、かかやく日の宮と聞こゆ
光る君にお並びになり、ご寵愛もそれぞれであるので、藤壺は、かかやく日の宮と申し上げております。

この君の御童姿、いと変へまほしく思せど、十二にて御元服したまふ。居立ちおぼしいとなみて、限りあることに事を添へさせたまふ
この君の可愛らしい童の姿を変えてしまうのはもったいなく思われましたが、十二歳になったので、元服をすることになります。立ったり座ったりと、暇まなくご用意をされて、限りあることに添えごとをなさられました。
 
ひととせの、春宮(とうぐう)の御元服、南殿にてありし儀式のよそほしかりし御響きにおとさせ給はず、所々の饗など、くらづかさ、こくさうゐん、など公事に仕うまつれる、おろそかなる事もぞと、とりわき仰せ言ありて、清らをつくしてつかうまつれり
昨年の、春宮様の元服の儀式は、南殿において厳かに催された、それより質をおとさせないようにと、内蔵寮、穀倉院など、公事として官についているものが、いいかげんになおざりにすることも、とご心配され、特別にお言葉があって、華美をつくしてご準備をされたのでした。

おはします殿のひむがしの廂、東向きにいし立てて、冠者の御座、引入れの大臣の御座、御前にあり
帝がいらっしゃいます御殿の東の廂の間に、東向きに置いた椅子に帝が着座される。その前に、冠を受ける者の座、冠者の髪を冠の中に引入れる役の、引入れの大臣の座が置かれている。

申の時にて源氏まゐりたまふ。みづら結ひたまへる面つき、顔のにほひ、さまかへ給はんこと惜しげなり
午後2時ころ、申の刻に、源氏がお出ましになりました。髪をみづらに結っている顔つき、華やかさが印象的であるので、かたちを変えてしまうことが惜しいと誰もが思うのでした。

大蔵卿、蔵人つかうまつる。いと清らなる御髪をそぐ程心苦しげなるを、うへは、みやす所の見ましかばと思し出づるにたへがたきを心強く念じかへさせ給ふ
大蔵卿、蔵人が、お役にあたりました。とても美しい髪を切ってしまうのは、ためらわれる様子であるのをご覧になるのにつけても、この晴れ舞台を、亡き更衣が見ることができるのであれば、と思い出すのにつけても、感情があふれてきてしまわれるのであるが、溢れる思いを強く念じ変えていらっしゃるのでした。


2010年10月25日月曜日

添臥にも

引入れの大臣の皇女(みこ)腹にただ一人かしづきたまふ御むすめ、春宮よりも御気色あるを思しわづらふことありける、この君に奉らむの御心なりけり
引入れ役を仰せつかった左大臣の正室は今上の帝の妹宮に当たられていて、正室腹の一人娘を大切にお育てしているのですが、春宮よりも、お誘いがあったものの、思いわずらうことがあったのも、源氏の君に差し上げようというお心からでありました。

内裏にも御気色賜はらせたまへりければ、さらば、このをりの後見なかめるを添臥(そひぶし)にも、と催ほさせたまひければ、さ思したり
帝にもその旨お伺いをしていたところ、それならば、こういった折に源氏に後見人がないのだから、添臥にということでも、とお勧めいただいたので、元服の添臥しを折に婚約ということで決めていたのでした。

御前より、内侍、宣旨うけたまはり伝へて、大臣まゐりたまふべき召しあればまゐりたまふ
帝より、内侍に宣旨があり、左大臣をお召しになり、左大臣が参上します。

御盃のついでに
盃を頂く際のお言葉に

いときなき初元結に長き世を契る心は結びこめつや
加冠の時に結ぶ組みひもは紫であった、この組みひもを結ぶ時に、末永い夫婦の縁を約束する心を結びこめたのですね

御心ばへありておどろかせたまふ
帝のこころづかいにはっとする。

結びつる心も深き元結に濃き紫の色しあせずは
心を込めた深い紫の色だから、どうか色があせないでいてくれれば

と奏して、長橋より降りて舞踏したまふ
と奏上して、長橋より降りて、拝舞の礼をして帝に謝意をお表しになるのでした。

2010年10月20日水曜日

大臣の御里へまかでさせたまふ

その夜、大臣の御里に源氏の君まかでさせたまふ。作法世にめづらしきまでもてかしづききこえたまへり
その夜に、大臣の里の邸宅へ源氏をお呼びする。里では、めずらしい程の作法でお迎えになる。

いときびはにておはしたるをゆゆしううつくしと思ひきこえたまへり
たいへん若くて、可愛らしいのが、あまりにも怖ろしい程に感じられる。

女君はすこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば似げなく恥づかし、と思いたり
女君はすこし年長でいらっしゃったので、とても若くていらっしゃるのが、似つかわしくなく、恥ずかしく感じてしまうとお思いになる。

この大臣の御おぼえいとやむごとなきに、母、宮、内裏のひとつ后腹になむおはしければ、いづかたにつけてもいと華やかなるに、この君さへかくおはし添ひぬれば
この大臣は帝の信任も厚くいらっしゃる上に、葵の上の母は宮様で、帝の妹であり、さらに帝と同じく后腹であられる、いずれにしても華やかなことこの上なく、この君までもがこうやって花を添えるようなふうでいらっしゃれば、

東宮の御祖父(おんおほぢ )にてつひに世の中を知りたまふべき、右大臣の御勢ひはものにもあらずおされたまへり
右大臣は東宮の祖父にあたられて、ついに出世の頂点へ立とうという勢いだったのも、こちらの華やかさに圧されたようになってしまった。

源氏の君は、上の常に召しまつはせば、心やすく里住みもえしたまはず、心のうちには、ただ藤壺の御ありさまをたぐひなしと思ひきこえて
源氏の君は、帝が側にいつもお召しになるので、ゆっくりと左大臣の邸にいることもなく、お心のうちには、ただ藤壺のご様子をたぐいないものとあこがれていらっしゃり

さやうならむ人をこそ見め、似る人なくもおはしけるかな、大殿(おおいどの)の君いとをかしげにかしづかれたる人とは見ゆれど、心にもつかずおぼえたまひて、幼きほどの心ひとつにかかりていと苦しきまでぞおはしける
こういう人とこそ結婚したいな、こんな方は他にいらっしゃらない、大臣のお嬢様は気品よくお育ちになられているけれども、心にしっくりくるわけではないし、と幼いほどの心ひとつに思い詰めて、苦しいほどでいらっしゃる。

内裏には、もとの淑景舎(しげいさ)を御曹司にて、母御息所の御方の人々まかで散らずさぶらはせたまふ
宮中では、そのまま 淑景舎に、母の時からの女房たちがお暇を与えずにそのままいらっしゃる。

里の殿(との)は 、修理職(すりしき)、内匠寮(たくみづかさ)に宣旨くだりて、二なう改め造らせたまふ。もとの木立、山のたたずまひおもしろきところなりけるを、池のこころ広くなして、めでたく造りののしる
母の実家の邸は、宮中の造園や、修理を司る役所に宣旨がくだって、この上なくすばらしい感じで造園の手を加えられることになった。もともとある立ち木や、庭の築山の感じにもともと趣きがあったところに、更に池を広くして、見事につくりあげ、大勢集まっている。

かかるところに、思ふやうならむ人を据ゑて住まばや、とのみ嘆かしう思しわたる
こんなところに、思いが通う人を据え置いて一緒に住みたいもの、とばかり嘆かわしいほど思いわたっている。

光る君という名は、高麗人(こまうど)のめできこえてつけたてまつりけるとぞ言ひ伝へたるとなむ
光る君という名は、例の高麗人が褒め称えてつけた呼び名であると、言い伝えが残っているようです。