2010年12月25日土曜日

いづれの御時にか

いづれの御時にか。女御・更衣、あまたさぶらひたまひけるなかに
いつの帝のときでしたか、女御や更衣が、たくさんお仕えされている中に

いと、やむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふ、ありけり
特段素晴らしい家柄ではなく、時勢に乗られ、
またとなく帝の寵愛を受けられている方がありました。

はじめより、われはと思ひあがりたまへる御方々、めざましき者におとしめそねみたまふ。 
入内時より、われこそはと、志の高い方々からは、 目障りなものと
おとしめ、ねたましく思われて

おなじほど、それよりげろうの更衣たちはまして安から
同じくらいの出、それよりも下の更衣たちにとっては、それどころではなく

朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負うつもりにやありけむ
朝や夕方のお仕えの際にも、なにかにつけて人の心をあおり、
恨みを負うことがつもりにつもった結果でしょうか

いとあつしくなりゆきもの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものにおぼほして
病気がちになり、心細げに里がえりを繰り返すということが続くと、
帝はますますこころゆかしく、いとおしく思われて、

人のそしりをもえはばからせたまはず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり
人のそしりもどこ吹く風で、世のかたりぐさにもなりそうなご寵愛の様子です。

先の世にも御契りや深かりけむ 世になく清らなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ
前世でも深い契りをかわされたのでしょうか、世になく清らかな玉のような男の子までをも授かったのです。

いつしかと心もとながらせたまひて、いそぎ参らせてご覧ずるに、珍らかなるちごの御かたちなり
いつ参内するのかと、待ち遠しく、参内をせかせてご覧になると、めったにありそうもないすぐれたお顔立ちでした。

一の御子は右大臣の女御の御腹にてよせ重く、疑ひなき儲けの君と世にもてかしづき聞こゆれど、
一の御子は、右大臣の女御腹で後ろ身も厚く疑いなく世を継がれる方と大事にお育てしていらっしゃるけれど、

この御匂ひには並びたまふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、
この香り立つ気品には並ぶところがなければ、一の宮のことを帝はある程度普通に大切になさっていらっしゃるところが、

この君をばわたくしものに思ほし、かしづきたまふこと限りなし
この君を、わがものとお思いになられ、大事にお育てすること限りないのでした。

2010年12月24日金曜日

御局は桐壺なり

はじめよりおしなべての上宮仕へしたまふべき際にはあらざりき。おぼえいとやむごとなく上衆めかしけれど、
この君の母君は、もともと入内の頃より、並々のお側仕えの女官などとは違う身分であった。人望もたいへん厚く、気品もあるのだけれども、

わりなくまつはさせたまふあまりに、さるべき御遊びのをりをり、なにごとにも故ある事のふしぶしには、まづ参う上らせたまふ
帝が、分別なしに、お側にまつわせることが頻繁なあまりに、管弦の遊びの折々、なにごとであっても、故のある催しごとにつけては、お側近くにお呼びになられている。

ある時には、大殿籠り過ぐして、やがてさぶらはせたまひなど、あながちにお前去らず、もてなさせたまひしほどに
ある時には、一夜を過ごされてそのままお部屋に侍らせておかれるなど、感情のままに
ただ引き留めて、お側においておかれるようなこととなると、

おのづから軽き方にも見えしを、この御子生まれたまひて後は、いと心ことにおもほし掟てたれば、
どうしても軽々しい身分のように見えていたものでしたが、この御子さまご誕生後は、心が変わったようにお取りはからいになるので

坊にもようせずばこの御子の居たまふべきなめりと、一の御子の女御はおぼし疑へり
悪くするとこの御子は春宮にもなりかねない、と一の御子の母上である弘徽殿の女御は思い疑うのである。

人よりさきに参りたまひて、やむごとなき御思ひなべてならず、御子たちなどもおはしませば、この御方の御いさめをのみぞ なほわづらはしく心苦しう思ひ聞こえさせたまひける
人よりも先に入内されて、尊い身分は並びようもなく、ほかの御子たちなどもいらっしゃるので、弘徽殿の女御のお諌めには逆らえず、心苦しくお聞きになるのである。

かしこき御蔭をば頼みきこえながら、おとしめ、疵を求めたまふ人は多く、
恐れおおい御蔭を頼りにしてはいるけれども、おとしめあら捜しをする人は多くいて、

わが身はか弱く、ものはかなきありさまにて、なかなかなるもの思ひをぞしたまふ
わが身はただ弱く、はかない有様で、どちらにもつかないような物思いをされる。

御局は、桐壺なり
お住まいになられている局は、桐壺である。

あまたの御かたがたを過ぎさせ給ひつつ暇なき御前渡りに、ひとの御心をつくし給ふも、げにことわりと見えたり
たくさんの方々の部屋の前を通り、頻繁に帝のもとへと渡られるたびに、人は心をなくしていく、それも道理であると思われるのだ。

まう上り給ふにも、あまりうちしきる折々は、打橋、渡殿のここかしこの道に、あやしきわざをしつつ、御送り迎への人の衣の裾堪へがたう、まさなきことどもあり
それがあまりに頻繁になると、ここかしこの渡り廊下などに糞が置かれて、送り迎えの方の衣の裾はひどい有様で、耐え難く、常軌を逸した多くのことがあり、

又、ある時は、えさらぬ馬道の戸をさしこめ、こなたかなた、心を合わせて、はしたなめ、わづらはせ給ふ時も多かり
またある時は、馬の道になっているところで、あちらとこちらでタイミングを合わせて、行き場がないように戸を閉めてしまい、きまりわるく、困らせてしまうようないじわるをする時も多かった。

2010年12月23日木曜日

源氏の君 3歳になる

この御子、三つになりたまふ年、御袴着のこと、一の宮のたてまつりしに劣らず、内蔵寮(くらずかさ)、納殿(をさめどの)の物をつくして、いみじうせさせたまう
この御子3歳になられた年の袴着の儀式は一の宮に劣らず、内蔵寮
納殿、の物をつくして、たいそう立派にとり行わせられた。

その年の夏、御息所、はかなき心地に患ひて、まかでなむとし給ふを、暇さらに許させたまはず
この年の夏、桐壺の女御は、はかないまでに体が弱ってしまい、里下がりをしようとされても、帝はなかなかお暇を出されない。

年ごろ、常のあつしさになりたまへれば、御目馴れて なほしばしこころみよ とのたまはするに、
ここ何年いつも具合が悪いのに慣れてしまい、もう少し宮中で養生をと仰せになられているうちに

日々におもりたまひて、ただ五六日の程にいと弱うなれば、母君泣く泣く奏して、まかでさせたてまつりたまふ
日々病いが重くなり、それからたった五六日のうちにたいへん衰弱してしまわれたので、母君が泣く泣く帝に奏上して、里帰りをおさせになる

かかる折にも、あるまじき恥もこそと心づかいして、御子をばとどめたてまつりて、忍びてぞ出でたまふ
こんな時でさえ、なにかはずかしいことがおこったりしたら、と心配をして、御子はそのまま宮中において、ひっそりと出発をされる。

御使ひの行きかふ程もなきに、なほ、いぶせさを限りなくのたまはせつるを、
使いが宮中と里を行きかうまもなく、またもや容態をお尋ねになるのに

夜中うち過ぐる程になむ絶え果てたまひぬる とて泣きさわげば、御使いもいとあへなくてかへり参りぬ
その頃、郷里では、夜中過ぎに命が絶えましたと泣きさわいでいたので、宮中からのお遣いの者ががっかりして帰ってきた。

きこしめす御心まどひ、何事も思し召しわかれず、こもりおはします
聞いた帝の御心まどいは、何事だかも思いもわからずに、お部屋に一人籠もっておしまいになられる

御子はかくてもいとご覧ぜまほしけれど、かかる程にさぶらひたまふ、例なきことなれば、まかでたまひなむとす
そうであっても、御子は側においておきたいけれど、こういった時に宮中におくことは例のないことなので、お里くだりされることになる

何事かあらむともおもほしたらず、さぶらふ人々の泣き惑ひ、うへも、御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見てまつりたまへるを 
当の本人は、何があったのか思いもよらず、人々が泣き惑い、帝も涙のとどまることなく流れていらっしゃるのを、不思議、とご覧になっているのにつけても、

よろしきことにだに、かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれにいふかひなし  
大往生の親が亡くなったとしても、このような親子の死別に悲しくないことはないのだから、ましてあまりにも幼いこどもが遺されたという、それがどれほどのことかと人々の心には感じ入る深い感慨を呼ぶのであった。

2010年12月21日火曜日

野分たちて

野分たちて、にはかに肌寒き夕暮れの程、つねよりもおぼし出づること多くて、ゆげひの命婦といふをつかはす
野の草を吹き分ける風が少し肌寒い夕暮れの頃、いつもよりもなにか思い出すことが多く、
帝の直の女官で ゆげひの命婦というものを里へお遣わしになる
At the evening of the day when the wind was blowing in line at the middle of the field between soft tall grasses leaned side by side to open the road for especially windy power .
In the evening , the emperor felt more cold in the air than usual and remembered much more of his favorite feature . So he intended to send his immediate lady servant called yugei-myoubu to the house where her mother and his son was living in obscurity for a consolation 

夕月夜のをかしき程に、いだしたてさせ給ひて、やがてながめおはします
夕月が空にかかった頃に、出発させて、帝はそのまま物思いにふけっていらっしゃる
It was the time for new moon in the evening sky that yugei-myoubu started out of the court .
The emperor still watched of the air and gathered the memories .

かやうの折は、御遊びなどせさせたまひしに、           
このような夜には、管弦の遊びなどをよくしたもので、
There used to be opened a small concert of flute and Koto at these days with marvelous moon .

心ことなる物の音を掻き鳴らし、はかなく聞え出づる言の葉も人よりはことなりしけはひ、かたちの面影につとそひておぼさるるにも、闇のうつつには猶劣りけり
人とは違う音色を奏で、たわいなく話す言葉にも、人とは何か違う雰囲
気があり、まるで今ここに面影がすぐ横にあるようにも思われるけれど
それでも、真っ暗闇のなかで感じた本物の感触には及ぶことはない。
Her melody released from her finger by touch on Koto , flowing in the air , had different tome from other people .  The emperor remembered what she speaks about something , how she speaks , how attractive it is , as if she lives here beside him ,
although images are inferior than actual material in the darkness .

命婦、かしこにまかで着きて、門ひき入るるより、けはひあはれなり
命婦は里へ着いて、門より車を引き入れると、なんともいえない気配に風情を感じる。
Myoubu reached the house and entered the garden drawing the cow carriage from entrance .
It was a different atmosphere inside .

やもめ住みなれど、人ひとりの御かしづきに、とかくつくろひ立てて、めやすき程にて過ぐしたまひつるを、
やもめ暮らしではあるけれども、一人娘をお育てするのにあたっては、
邸内もなにかと修理をして、見苦しくない程度にしてはいたのだけれど、
Although living alone after this house's master died , she let the house cleaned for pleasant outward for standing of the lady KIRITSUBO

やみにくれて臥したまへる程に、草も高くなり、野分きにいとどあれたる心地して、月影ばかりぞ八重葎にもさはらずさし入りたる
更衣が亡くなられてからは、心がやみにくれて、伏しがちになることが多く
草も高くなり、野の草をかき分ける風にたいそう荒れた庭のようだけれど、
月光だけは、八重葎に差し障りなく、さし入ってくる。
It has been no use to take care of the garden after my daughter's death and I have left all leaves to grow up . The wind is blowing among grown up leaves .  But only moon is not concerned about a ruine and stroking a shine in the garden still as before day .

程経ば、すこしうち紛るることもや と待ち過ぐす月日にそへて、いと忍びがたきは、わりなきわざになむ
時が経てば少し紛れることもあるだろうか と過ぎゆくのを待っていながら
月日が経つにそえて益々心が忍びがたくなるというのは、なんとも矛盾している。
In emperor's letter ,
As time goes by , I wonder if my heart would gradually be consoled with something , but it is vain .
I could not afford to endure isolation more than ever .

いはけなき人もいかにと思ひやりつつ、 もろともにはぐくまぬおぼつかなさを

幼い君をどのように、とも思いをはせて、両親そろってお育てできないのは心細いことではあり、
I think around about how to rear my child now that he could not be cherished by two parents together .
 
いまは猶 むかしの形見になずらへてものしたまへ
今となっては、やはり、昔を思い出してこの子の後見として、宮中へいらしてください。
So , I ask you to come around to the court withe your grand son as once you came withe your daughter up to the court .

などこまやかに書かせたまへり
などと、ことこまかにお手紙には書かれてあった。
The letter included all of details courteously.

宮木野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ
宮木野:仙台の東にある平野(宮城県仙台市):枕ことば
今日の野分の風、宮中では涙が風に吹かれ 子萩のもとを思うにも
風の音を聞くにつけても、この風で、子萩が折れないかと

宮は大殿籠りにけり 
源氏の君はもう寝てしまわれている。 
A boy has been sleeping already .

みたてまつりて、くはしく、御有様も奏し侍らまほしきを、待ちおはしますらんを、
夜更け侍りぬべし とていそぐ
お目にかかって、くわしいご様子を帝にご報告申し上げたかったのですが、帝も報告を待たれていらっしゃいますので、夜も更けましたから、と帰り支度をする。
I wish I had met a prince to mention his appearance to the emperor .
I have to go back to the court .

くれ惑ふ心の闇も堪えがたき片端をだに、晴るくばかりに聞えまほしう侍るを わたくしにも心のどかにまかでたまへ
暗闇に迷う心にあまりに耐えがたいので、お話をして心の片端でも晴
れればとも思いますので、またゆっくりとできる時にお立ち寄りください。
Please come again later when you are out of your duty because I wish to talk along withe you much time enough to blow up my dark could out of my heart .

年ごろ、うれしくおもだたしきついでにて、立ち寄り給ひしものを、
ここ何年かは、嬉しく、面目の立つようなご報告のついでにお立ち寄り頂いたものなのに、
You used to come here to remark a delightful incident ,

かかる御消息にて見たてまつる、かへすがへすつれなき命にもはべるかな
娘の弔問などでお目にかかるというのは、返す返す、つれない人生だと思います。
but now I have to see you for consolation after these inconceivable incident brought by coldest my destiny . 

2010年12月20日月曜日

故大納言の遺言

むまれし時よりおもふ心ありしひとにて
この子が生まれた時から、思いが格別だったために
My husband was engaged in the position of Dainagon .
He had deep affection for her daughter and had a intention to raise her up suitable to the court .
But he had died before his daughter reached appropriate age for the court .

故大納言、いまはとなるまで ただこの人の宮仕えの本意かならず遂げさせたてまつれ
今は亡き夫、大納言は、いまはのときにまでも、
「この子の宮仕えのかねてからの希望は、必ず叶えて差しあげてください」
Even at the edge of his life , he asked me " Please satisfy my wish for my daughter certainly ,"


我なくなりぬとて、くしをしう思ひくづほるな とかへすがへすいさめおかれ侍りしかば
「わたしが亡くなったからといって、気がくじけたりしないように」と返す返す、訓戒していたので
"Don't break your heart despite of my death ."   He refrained time after time . 

はかばかしう後見おもふ人なきまじらひはなかなかなるべきこととおもうたまふながら、ただかの遺言をたがへじとばかりにいだしたて侍りしを  
はかばかしい後見人がなく参内するのは、なかなかなこととは思いながらも、ただ遺言を護ることだけのために、宮中のお仕えをさせていたのですが
So I sent my daughter to the court only not to be against his wish .
I suspected that there would be a plenty of difficulty for my daughter not being supported by power of paternal position in the court .

身にあまるまでの御心ざしのよろづにかたじけなきに、人げなき恥をかくしつつまじらひたまふめるを
身にあまる御心ざしをいただきありがたく、人並み程には用意ができない恥を取り繕いつつ、宮中での交らいを続けていったようですが
Only depending on unexpected bless from the emperor ,
although we could not afford to prepare a sufficient items to be needed in a life of the court .

人のそねみ深く、やすからぬこと多くなり添ひ侍るに、よこざまなるようにて、ついにかくなり侍りぬれば
人のそねみは深く、心が休まる暇もなく、ついに横死のように亡くなってしまった今となっては
We managed to survive but finally she died as if laid on the street receiving a pile of plenty  deep envy .

かへりてはつらくなむ かしこき御心ざしを思ひ給へ侍る これもわりなき心の闇になむ
畏れ多い御心ざしも かえってつらく感じられるのもので、それは親が子を思う心の闇です
The result was a reverse from an affection of the emperor .
Those thoughts are a part of the darkness in my heart which might occur when a mother think of her own daughter  .

など言ひもやらずむせかへり給うほどに夜も更けぬ
と言うまもなく、涙でむせかえっていらっしゃるうちに夜も更けていった
While speaking an endless regret , the night goes by .

夜いたう更けぬれば、今宵過ぐさず御返り奏せむ といそぎまゐる
命婦は夜が大変更けたので、今宵のうちに帝にお返事を申し上げなければと急いで帰り支度をする
Myoubu prepared for returning to the court to mention about villa appearance while the emperor is awake at the night .

月は入りがたの、空清う澄みわたれるに、風いと涼しく吹きて、草むらの虫の声々もよほし顔なるもいと立ち離れにくき草のもとなり
月は西の地平線へ沈みかけ、薄明かりがさして澄みわたり、風は涼しく、
草むらの虫の音は、感情を掻き立てるように心に入り込んでくるために、
このまま立ち去りがたくていつまでもここにありたいような草の庭である
The moon is facing to the edge of a mountain .
The air is very clean to have been blown up by the wind .
Now the wind breeze pleasantly and insects int the grasses began to sing at a burst whose interesting atmosphere prevent Myobu from leaving this place

鈴虫の声のかぎりをつくしてもながき夜あかずふる涙かな
鈴虫がこんなに声を限りに鳴いてくれているのに
長い夜をかけても、涙が枯れ果ててはくれない。

えも乗りやらず 
ゆげひの命婦は、この風情のある庭をなかなか立ち去りがたく、車に乗ってしまうことができない。

いとどしく虫の音しげき浅茅生(あさぢふ)に露おきそふる雲の上の人 
雲の上からいらっしゃった方は、激しく鳴く虫の音がこだまする
浅茅が生い茂る草むらに、涙を残していかれました。

かごともきこえつべくなむ といはせ給ふ
ぐちもついつい出てしまいそうです。と母上は、遣いのものに言わせる。

2010年12月18日土曜日

御髪上の調度 桐壺の形見

をかしき御贈り物などあるべき折りにもあらねば、ただかの御形見にとてかかる用もやとのこしたまへりける御装束ひとくだり、御髪上(みぐしあげ)の調度めくもの、添へたまふ
気の利いたお土産などあるようなときではないので、ただ、形見として、このような折にと残しておかれた装束一揃い、髪上げのお道具などを添えてお渡しになる
There seemed to be no use to present an interesting materials and the old lady intended to devote a relic to the emperor , as like a set of kimono , an apparatus for setting hair .

若き人々、かなしきことはさらにも言はず、
若いおつきの女房たちの悲しみは言うまでもなく、
Although surrounding person of this villa is still be in a deep sadness , 

内裏(うち)わたりを朝夕にならひて、いとそうぞうしく、うへの御有様など、思ひ出で聞こゆれば、
朝夕、華やかで賑わう宮中でのお仕えに慣れていたので、こんな静かな里でのお仕えはなんとも寂しく、帝のご様子などを、それぞれに思い出してなつかしんでいるので、
since they had been accustomed to be busy life in the court , they could not endure a rural calmly circumstances any more , and they sometimes talk about the emperor as good memories .

とくまゐり給はんことをそそのかし聞ゆれど、
すぐにでも宮中へ参内しましょうと、母上に申し上げるのですが
They urged the old lady to come up to the court with newly born prince .

かくいまいましき身のそひたてまつらむもいと人聞き憂かるべし、また見たてまつらでしばしもあらむはいと後めたう思ひきこえたまひてすがすがともえまゐらせたてまつりたまはぬなりけり
わたしのような者が若君についていくのも体裁がいいものではないし、また若君だけ参内させたとしても気がかりでしかたないだろうし、と思い迷い、すがすがしく若君を参内させるようには事がはこんでいかないようです。
This grandmother thought around whether to go withe a prince or to let him alone .
It might be miserable to be accompanied by grandmother ,  nevertheless , if a boy would have been separated , it would be so much worry about .
All these hesitation delayed the thing to go .


命婦は、まだおほ殿ごもらせたまはざりけると、あはれに見たてまつる
命婦が宮中に帰ってみると、もう明け方というのに、帝はまだおやすみにならず、たいへん感慨深い風情でいらっしゃるようだった。
Returning to the court , Myoubu found the emperor still be arise although very late at night .

御前の壺前栽(つぼせんざい)の いとおもしろき盛りなるを、ご覧ずるようにて、しのびやかに、こころにくきかぎりの女房よたりいつたりさぶらはせたまひて、御物語せさせたまふなりけり
お庭の、坪に植え込んだ草木が、ちょうどいい時期なので、それをご覧になっていらっしゃるようで
ひそやかに、心おきなく過ごせる女房を4~5人周りにはべらわせて、なにかお話をなさっている。
Sitting on the edge of the courtyard with several immediate servant while he talks about something  at a view of specially planted trees .

このごろ、明け暮れご覧ずる長恨歌の御画、
このごろは、明けても暮れてもご覧になっているのが、長恨歌の内容を絵にした絵巻物や絵草子、屏風絵などで、

亭子院の描かせたまひて、伊勢、貫之に詠ませたまへる大和言の葉をも、
亭子院にお住まいになられていた宇多天皇が、絵師に描かせて、伊勢や紀貫之などの歌人に長恨歌の中の玄宋皇帝と楊貴妃由来の詩を詠ませた大和言葉なども、

唐土(もろこし)の詩をも 、ただその筋をぞ枕ごとにせさせたまふ
中国の詩なども、 長恨歌にまつわる内容のものばかりを集めて、いつもお話になっていらっしゃる。

2010年12月14日火曜日

楊貴妃のかんざし

御返りご覧ずれば、
帝は手紙の返事をご覧にになると、
The emperor looked through returning letter from a villa .

いともかしこきは、おき所もはべらず、かかる仰せごとにつけても、かきくらすみだり心地になむ
たいへんもったいないお手紙を頂戴いたしまして、置くところもございません。参内の仰せにつきましても、心が乱れるばかりでございます。
The answer was written in it . " I have a honor to receive a letter not to find to be placed on .
Even an invitation to the court could only disturb me in suspension .

荒き風ふせぎしかげの枯れしより小萩がうへぞしづごごろなき
宮中はひどく荒れた風が吹いていて、小萩を影においていた、母親はもういないから、若宮がこれからどうなるのか不安でしかたがないのです。
I would be anxious for a very little tree under the wild wind of the palace now that a tree of mother had been ruined although it had made up some shade .

などように乱りがはしきを、心をさめざりけるほどとご覧じ許すべし
などのように、書き散らされているのを、まだ心が落ち着くような時期ではないということで、ご覧になられ許されているようでした。
The emperor had permitted a little upset emotion as an extension after her daughter's death .
  
故大納言の遺言あやまたず、宮仕えの本意深くものしたりしよろこびはかひあるさまにとこそ思ひわたりつれ とうちのたまはせて、いとあはれにおぼしやる
亡くなられた大納言の遺言をたがえず、かねてからの希望であった宮仕えをきちんとおさせくださった後の本当の喜びはこれからだったのに と無意識にもお心をそのまま仰せになり、たいへん可哀想に里を思いやる
" I wish to reward her integrity not being against her husband's hope for something delightful incidents.  "


かくてもおのづから若宮などおひ出でたまはば、さるべきついでもありなむ
そうあっても、若宮が成長なされれば、それ相応の機会もおとずれることでしょう。
"After grown up of a new prince , it would be a certain fun anywhere or any time ."

命長くとこそ思ひ念ぜめ などのたまはす
長く生きたいとどうか思っていてください、 などとおっしゃられる。
"Please hope to live along as long as possible . "

かの贈物ご覧ぜさす
更衣の形見を帝にご覧いただく。帝は母上からいただいた御髪上げの櫛などをご覧になるにつけても、
The emperor received a relic . ornamental hairpin .

亡き人の住みか尋ねいでたりけむしるしのかんざしならましかば、と思ほすも、いとかひなし
この形見が、もしもできるならば、楊貴妃の魂を探しに行った術仕いが、冥界からもらってきたかんざしであったなら(その住処を仙界に尋ねあて、蓬莱宮に住む楊貴妃はその道士に、証拠にと金のかんざしを渡したと言われている)とお思いにもなるのであった。
and remembered Young Kuei fei's ornamental hairpin which was said to be passed to the magician from Young Kuei fei directly as an evidence to be alive for Young Kuei fei in after death world .


たづねゆくまぼろしもがな、つてにても魂のありかをそこと知るべく
人づてであっても、魂のありかがどこであるか知ることができるような、術士が日本にもいないものかな

絵に描ける楊貴妃のかたちは、いみじき絵師といへども筆限りあれば、いとにほひすくなし
絵に描いた楊貴妃の姿かたち、容貌は、たいへん優れた絵描きといえども、表現には限りがあるので、におい立つような生々しさが感じられない。

太液の芙蓉、未央の柳も、げに、かよひたりしかたちを、
たいえきという名の池に咲いている蓮の花、びやうという名の宮殿に植えてある柳も、楊貴妃のあふれるような美しさをたたえた喩えとして詩に詠われたことだったのだが、 ほんとうに楊貴妃によく似ていて、

唐めいたるよそひは、うるはしうこそありけめ、なつかしう、ろうたげなりしをおぼし出づるに、花・鳥の色にも音にもよそふべき方ぞなき
唐風の装束は端正な感じでこそあるはずなのに、そばに行きたいような雰囲気、ういういしく可憐な様子であった更衣のことを思い出すにつけても、その鮮やかな印象は、花の色や鳥のこえにもたとえることができない。

2010年11月30日火曜日

比翼の鳥 連理の枝

朝夕のことぐさに、羽を並べ枝をかはさむと契らせたまひしに、かなはざりける命のほどぞ尽きせずうらめしき
中国で「比翼の鳥」という言葉があって、現実界でない世界に住む鳥、オスメスがそれぞれ一翼づつで合体して飛ぶという鳥、長恨歌にの一節で、「天にあらば願はくは比翼の鳥たらむ、地にあらば願はくは連理の枝たらむ」とある。連理の枝とは二本の別の木の枝が結合して一本になっている木のこと。
朝夕に、いつもいつも一心同体であろうという契りをしたのにもかかわらず、それが今は叶わなくなってしまった命であるのが返す返す恨めしい。

風の音、虫の音につけてももののみ悲しうおぼさるるに、弘徽殿には久しく上の御局にも参う上りたまはず、月のおもしろきに、夜更くるまで遊びをぞしたまふなる。いとすさまじうものしと聞こしめす
風の音、虫の音を聞くにつけても悲しみがよみがえってくるのに、弘徽殿の女御は久しく上にも参上致せず、今日の見事な月夜にかこつけて、夜が更けるまで管弦の遊びをしている。笛の音や琴の音が少し離れた弘徽殿から、風にのって帝のお耳まで届いてくる。遠慮がなく思いやりのかけらもない、その心のすげなさ、冷淡さは、不気味なほどであるとお思いになる。

この頃の御気色を見たてまつる上人、女房などは、かたはらいたしと聞きけり
この頃の帝のご様子を存じ上げているだけに、お仕えしている殿上人や女房などは、聞いていられないと帝のお気持ちを感じるとつらくなってしまう。

いと押し立ち、かどかどしきところものしたまふ御方にて、ことにもあらずおぼし消ちてもてなしたまふなるべし
たいへん我が強く、角が立つ性格でいらっしゃる御人で、なんてことなく、周りで何がおきていようとも心に留めずに日々を過ごされているようなのです。

月も入りぬ
月は西の空から沈んでしまっている

雲のうへも涙にくるる秋の月いかですむらむ浅茅生の宿
宮中でも涙にくれて月もよく見ることができない、それなのに、どうして浅茅生の宿では、月が澄んで見えるだろうか

おぼしめしやりつつ、ともしびをかかげ尽くして起きおはします
長恨歌にも、秋の燈かかげ尽くして未だ眠ること能はず、とあるように
帝は桐壺の里を思い遣りつつ、灯火の火が尽きるまで、そのまま起きていらっしゃる

右近の司のとのゐまうしの声聞こゆるは、丑になるぬるなるべし
丑の一刻(丑ひとつ):午前1時頃からは、左近衛府から右近衛府に警備が交代になる時間で、その申し出の声が聞えているから、丑の刻になったようだ

人目をおぼして、夜の殿に入らせたまひてもまどろませたまふことかたし
まもなく朝を迎える時間帯でもあるので、清涼殿の北側にある寝所にお入りになるが、一睡もできない。

今はた、かく世の中のことをもおもほしすてたるやうになりゆくは、いとたいだいしきわざなりと、ひとのみかどのためしまで引き出でささめき嘆きけり
こんなに世を捨てたようになってゆくのは、先行き不安でもってのほかであると、よその国の朝廷の例まで引き合いに出してはひそひそと嘆きあうのであった。

2010年11月25日木曜日

源氏7歳になる年

月日経て若宮参りたまひぬ
50日がいとまするべき日数であったが、のびのびになっていての何ヶ月が経った頃に若宮は参内した。源氏4歳になる年である。
After several months the youngest prince came to the court .

いとどこの世のものならずきよらにおよすけたまへればいとゆゆしうおぼしたり
この世のものでなくきよらかにご成長なられているので、神に魅入られてしまわないかとのご心配されるほどであった。
He had grown up so brilliantly as to be charmed by a demon .

明くる年の春、坊定まりたまふにも、いとひき越さまほしうおぼせど
年が明けて春、東宮が一の宮に決まったのだが、その時も、年の差をひき越させたいくらいに内心ではお思いになられたのだけれども、
At the next year , the crown prince would be settled , the emperor wish to led this prince to get ahead .

御後見すべき人もなく、また世のうけひくまじきことなりければ、なかなかあやふくおぼし憚りて、色にも出ださせたまはずなりぬるを
 若宮には身寄りもないことで、また世間が納得するようなことでもないので、かえってあやうい立場にもなろうかと思いはばかって、気色にもお出しにならなかったので、
But this boy doesn't have no background to support him and it might not be permitted as a principle ,  the emperor didn't show a bit of the air of his favor to the crowned post .

さばかりおぼしたれど、限りこそあれ、と世人も聞こえ、女御も御心落ち居たまひぬ
あれほど可愛がっていらしたけど、限度はあるものだ、と世間の人々も噂をし、安心したので女御も御心がお静まりになられた。
So , public people said even unlimited affection had a boundary and a mother of crown prince had settled her temper .

今は内裏(うち)にのみさぶらひたまふ
祖母君がなくなられた今は、内裏が若宮の住まいとなる。
In these days , a little prince usually lived in a court since her grand mother died .

七つになりたまへば、ふみ始めなどせさせたまひて、世に知らず聡うかしこくおはすれば、あまり恐ろしきまでご覧ず
七歳になられたので、読書などもし始められて、世に例がないほど聡明でいらっしゃれば、帝はそら恐ろしくまでにお感じになられる。
At the age of seven , the little prince began to learn reading . Everyone was astonished by amazing improvement of his reading , as to be recognized terribly .

今は誰も誰もえ憎みたまはじ 母君なくてだにらうたうしたまへ 
今となっては、誰もこの子を憎むことはできないだろう、母君はないのだから、せめて愛おしんでやってほしい。
It could be impossible for anyone to hate at this boy , please cherish him now that he has no one more his mother .

とて弘徽殿などにも渡らせたまふ御共には、やがて御簾の内に入れたてまつりたまふ
と、弘徽殿にお渡りになるお供の時には、そのまま御簾の中にも入れてしまう。
When the emperor came to the flat named Kokiden where is a mother of the crown prince 's area , sometimes he was accompanied with this little prince who could even enter the special shielded are partitioned by hanging fine meshed curtain .

いみじきもののふ、仇敵なりとも、見てはうち笑まれぬべきさまのしたまへれば、えさし放ちたまはず
猛々しい武士や、仇討ちのかたきであったとしても、この子を見たならば思わず微笑むんでしまうような可愛らしさであるので、弘徽殿の女御であってもこの宮を追い払ったりはできないのだった。
This brilliant shine of the little prince could have comforted ferocious knight or could have made even enemy to ease for smiling .  And even this precious lady could not leave this boy alone .

わざとの学問はさるものにて、琴、笛の音にても、雲居を響かし、すべて言いつづけばことごとしう、うたてぞなりぬべき人の御様なりける
正式にお勉強されている漢学などの学問はもちろんではあるけれども、琴や笛の音についても宮中に響きわたる上手さで、あまりに誉めるたてるところが多すぎて嫌味になりそうなくらいの御様子であります。
Not only standard course of reading , but also learning of Koto or Fue which is made of tree , eastern instrument similar to flute ,  the little prince could produce a fantastic tone which sounded around all over the palace .

2010年11月20日土曜日

高麗人の相人

そのころ、こまうどの参れるなかに、かしこき相人ありけるを聞こしめして
その頃、高麗人が来日していて、人相での占い師にすぐれているものがいるとお聞きになられまして、
Those days of this decade , a lot of foreign person had come to Japan from China . Th emperor heard about predictor who could find a future from reading of one's feature .

宮の内に召さむことは、宇多の帝の御誡めあれば
宮中にお召しになることは差し控えたく、それというのも、宇多の帝がご譲位にあたり醍醐天皇にあたえた心得書のなかに 「外蕃之人必ズ召見ス可キ者ハ簾中ニ在テ之ヲ見ル直対ス可カラズ」 とあったからで、
and so in secretly sent this prince to the Korokuwan where foreign apostle were living because the previous emperor remonstrate the foreigners should not be met for a private talk in the palace .

いみじう忍びて、この皇子をこうろくわんに遣はしたり
そのこともあり、お忍びで、この皇子を七条朱雀にあって外国使臣が住まう館「こうろくわん」というところまでお遣わしになった。

御後見だちて仕うまつる右大弁の子のやうに思はせてゐてたてまつるに、相人驚きて、あまた度かたぶきあやしぶ
皇子を日常お世話していらっしゃる右大弁の子供のように見せかけて連れていかれたところ、相を見るなりびっくりして何度も首をかしげて不思議がっている。
Because this was very secretary event , the prince pretended to be a son of one of liege under the palace ,  the predictor inclined his head to watch the feature of the boy by astonishment .

国の親となりて帝王の上なき位にのぼるべき相おわします人の、そなたにて見れば、乱れ憂ふることやあらむ
帝王の相があり、この上ない地位にまでおのぼりになる方です。しかし、その過程において乱れ憂うべきことが多くおこりはしないかと心配です。
He has an aspect of a person who could make a foundation of a nation and could rise up to the top of the world , in this aspect , as this boy would get a top position of this nation , I could see what is something disturbing and puzzled .

おほやけのかためとなりて、天の下をたすくる方にて見れば、またその相たがふべし と言う
政の要となって、帝を補佐する役目かといえば、またそのような相でもないようです、と言う。
In another aspect ,  as this boy would be on secondary position of the world to help the emperor and reign the nation as a subject , it would be different something bit from this precious boy .

帝、かしこき御心に、やまと相を仰せて、おぼしにける筋なれば、今までこの君をみこにもなさせたまはざりけるを
帝は、才知に勝っているお考えの方であったので、以前から日本人の相人にも仰せつけられて、考えてもいた事なので、 今までこの君を皇子にもなさらなかったのだけれども
The emperor was wise enough to call for a Japanese predictor beforehand to select his son's future also and had been given a similar conception as this chinese predictor  , and the emperor had hesitated to place this prince on line for his heir .

相人はまことにかしこかりけり とおぼして、
相人は本当にすばらしい と思われて
The emperor admitted and appreciate this predictor as very fine .

無品親王の外戚の寄せなきにては漂はさじ、わが御世もいと定めなきを、
叙位のない親王で、さらに外戚すらなくて、孤立無援に漂わせることはさせたくない、わたしの治世もいつかは終るのだし、
If he remained Imperial register , he doesn't have a background of her mother's lineage and my reign would continue not so long , he would be isolated with no position .

ただうどにて公の御後見をするなむ行く先も頼もしげなめること と思し定めて、いよいよ道々の才を習はせたまふ
皇戚をはなれて、公の陰から助けるというのが、先行きも明るいように思われる と思いを決められて、ますます色々の学を習わせる。
If he descended from Imperial register to be engaged in the significant position of the work in palace , it might be working well , it would be efficient .

才ことにかしこくて、ただうどにはいとあたらしけれど
きわだってかしこくて、皇戚を下られるのは大変にもったいないけれども

皇子となりたまひなば 世の疑ひ負ひたまひむべくものしたまへば、
皇子になってしまうと、あろう事のない疑いも起こるべきことだとすれば、

宿曜のかしこき道のひとにかんがへさせたまふにも、同じさまに申せば、宿曜の占いで将来を見させてみると、また同じような事を申し上げたので、 

源氏になしたてまつるべく思しおきてたり
嵯峨天皇以来、皇子が臣籍へ下ったときに名乗っている源氏の姓をお与えになろう、とお決めになる。

2010年11月15日月曜日

先帝の四の宮

年月にそへて、御息所の御事を思し忘るるをりなし
年月が経つにつれても、今は亡き桐壺の更衣を忘れることがない。

慰むやと、さるべき人々まゐらせたまへど、なずらひに思さるるだにいと難き世かなと、うとましうのみよろづに思しなりぬるに
寂しい気持ちが慰められることもあればと、それなりの人々を宮中に参らせてはいたけれども、代わりになると思える人すら探すのが難しい世の中なので、すべてのことが疎ましく感じられてきていた頃に

先帝(せんだい)の四の宮の、御かたちすぐれたまへる聞こえ高くおはします
先の帝の四の宮で、たいへんご器量がいいと評判の高いお方で、

母后、世になくかしづき聞えたまふを
母親が后様で、この上なく大切にお育てになられたのを、

上にさぶらふ内侍のすけは、先帝の御時の人にて、かの宮にも親しうまゐり馴れたりければ、いはけなくおはしましし時より見たてまつり、今も、ほの見たてまつりて
帝にお仕えする内侍のすけは、先の帝の時から宮中でのお役についていて、四の宮様にも親しくお仕えしていたので、四の宮さまがご幼少の頃よりお目にかかり、今も、ときどきご訪問させていただくこともあるので、

うせたまひにし、御息所の御かたちに似たまへる人を三代の宮仕へにつたはりぬるに、え見たてまつりつけぬに
亡くなられた、更衣様に似ているような方は、三代の帝につたわって宮仕えをして参りましたが、一人もいらっしゃいませんでしたが

后の宮の姫宮こそいとようおぼえておひ出でさせたまへりけれ、ありがたき御かたちになむ
先帝のお后さまの宮様は、お顔が自然に思い出されるほどに似た感じでいらっしゃいます。 めったになく美しくていらっしゃいます。

と奏しけるに、まことにやと御心とまりて、ねむごろに聞えさせたまひけり
と帝に申し上げると、本当かと御心が動かれて、熱心に入内をお勧めになるのだった。

母后 あな恐ろしや 春宮(とうぐう)の女御のいとさがなくて、桐壺の更衣のあらはに儚くもてなされにし例(ためし)もゆゆしう と思しつつみて、すがすがしうも思したたざりける程に、后も失せたまひぬ
母后、なんと恐ろしいことかしら、春宮の女御様はとっても性格が悪くて、桐壺の更衣にあからさまに粗末な扱いをしたという前例もあるんだし、不吉この上ないこと、と躊躇されたまま、すらすらと事が運ばないうちに后は亡くなられてしまった

こころ細き様にておはしますに、ただわが女みこたちと同じつらに思ひ聞こえん といとねんごろに聞えさせたまふ
宮様は一人、心細くお過ごしになっているところに、ただ、わたしの娘の皇女たちのようにお思い申し上げますので、と熱心にお誘いなさる。

さぶらふ人々、御後見たち、御せうとの兵部卿のみこなど
お仕えする方々、母后のご実家の方々、兄の兵部卿の親王などは

とかくこころ細くておはしまさむよりは、内住みせさせたまひて御心も慰むべく などおぼしなりて まゐらせたてまつりたまへり
とかく家にいて心細くてあるよりは、宮中にお住まいになったほうが、お心も慰められることになるでしょう などと思うようになって、参内させることとなった。

2010年11月10日水曜日

藤壺

藤壺と聞こゆ
藤壺と申し上げる

げに御かたち、あり様、あやしきまでぞおぼえたまへる
本当に、お顔立ちや、立ち姿、不思議なほど、桐壺にそっくりに感じられます。

これは、人の御きはまさりて、思ひなしめでたく、人もえおとしめきこえたまはねば、うけばりて飽かぬことなし
この方は、際立ってご身分が高い方なので、思いなしに見事で、誰もこの方をおとしめることもなければ、誰はばかることなく、不満もない。

かれは、人の許しきこえざりしに、御こころざし、あやにくなりしぞかし
桐壺は、身分不相応だったために、帝のご寵愛があいにくとなってしまった。

おぼし紛るとはなけれど、おのづから御心うつろひて、こよなう思し慰むやうなるも あはれなるわざなりけり
桐壺を忘れることはなかったのだけれども、自然と藤壺に心が移っていき、こよなく心がなごんでいくというのも、人の心の機微であった。

源氏の君は、御あたり去りたまはぬを、ましてしげく渡らせたまふ御方は え恥ぢあへたまはず
源氏の君は、いつも帝の側にいるので、まして頻繁にお渡りになる藤壺は 恥てばかりはいられず

いづれの御方もわれ人に劣るらむと思いたるやはある、とりどりにいとめでたけれど、うち大人びたまへるに
どの方も、わたしは人より劣っているとは誰が思うでしょうか、それぞれに大層みごとなご様子ですが、大人びていらっしゃるのに対して、

いと若う、うつくしげにて、せちに隠れたまへど、おのづから漏り見たてまつる
たいへん若くて、可愛らしくて、一生懸命隠れようとされるけれども、自然とお姿が拝見される

母御息所も、影だにおぼえたまはぬを、いとよう似たまへりと 内侍のすけの聞こえけるを、若き御心地にいとあはれと思ひきこえたまひて、常に参らまほしく、なづさひ見たてまつらばや とおぼえたまふ
母上も、影すら覚えがないけれども、たいへんよく似ていらっしゃいます と内侍のすけが申し上げるので、若いお心にも哀愁が沸き起こり、常にお部屋に参りたく、お側にあがって、なんとかお目にかかってみたいもの と思うようになる

上も、限りなき御思ひどちにて、な疎みたまひそ、あやしくよそへ聞こえつべき心地なむする
帝も、限りなく思いが深いもの同志であるので、よそよそしくしなくていいですよ、私には二人が不思議と、他人とは思えないように感じられるのです

なめしと思さでろうたくしたまへ、つらつきまみなどは、いとよう似たりしゆゑ、かよひて見えたまふも似げなからずなむ、など聞こえつけたまへれば
ぶしつけと思わないで、やさしくしてあげてください。あなたは、お顔立ちや目元などは本当にこの子の母親ににているから、心が自然にかよってしまうのも、仕方のないことなのですよ、などどおっしゃるので、

幼心地にもはかなき花、もみじにつけても心ざしを見えたてまつる
幼い心でも、春の花、秋の紅葉と、四季折々のこころざしをお伝えする

2010年10月30日土曜日

源氏12歳になる年

弘徽殿の女御、またこの宮とも御仲そばそばしきゆゑ、うち添へて、もとよりの憎さも立ち出でて、ものしと思したり
弘徽殿の女御は、またこの宮様ともよそよそしく、しっくりしないお付き合いをされていて、それに添えて、源氏の母憎しの感情が甦ってきたので、目障りなものと思うようになったようです。

世にたぐひなしと見たてまつりたまひ、 名高うおはする宮の御かたちにも、なほ匂はしさはたとへむ方なく、うつくしげなるを、世の人、光る君と聞こゆ
世になく美しいと評判の宮さまのご容姿に比べても、更に、照り映える美しさは例えるところがなく、可愛らしくていらっしゃるので、世の中の人々は、光る君と申し上げております。

藤壺ならびたまひて、御おぼえもとりどりなれば、かかやく日の宮と聞こゆ
光る君にお並びになり、ご寵愛もそれぞれであるので、藤壺は、かかやく日の宮と申し上げております。

この君の御童姿、いと変へまほしく思せど、十二にて御元服したまふ。居立ちおぼしいとなみて、限りあることに事を添へさせたまふ
この君の可愛らしい童の姿を変えてしまうのはもったいなく思われましたが、十二歳になったので、元服をすることになります。立ったり座ったりと、暇まなくご用意をされて、限りあることに添えごとをなさられました。
 
ひととせの、春宮(とうぐう)の御元服、南殿にてありし儀式のよそほしかりし御響きにおとさせ給はず、所々の饗など、くらづかさ、こくさうゐん、など公事に仕うまつれる、おろそかなる事もぞと、とりわき仰せ言ありて、清らをつくしてつかうまつれり
昨年の、春宮様の元服の儀式は、南殿において厳かに催された、それより質をおとさせないようにと、内蔵寮、穀倉院など、公事として官についているものが、いいかげんになおざりにすることも、とご心配され、特別にお言葉があって、華美をつくしてご準備をされたのでした。

おはします殿のひむがしの廂、東向きにいし立てて、冠者の御座、引入れの大臣の御座、御前にあり
帝がいらっしゃいます御殿の東の廂の間に、東向きに置いた椅子に帝が着座される。その前に、冠を受ける者の座、冠者の髪を冠の中に引入れる役の、引入れの大臣の座が置かれている。

申の時にて源氏まゐりたまふ。みづら結ひたまへる面つき、顔のにほひ、さまかへ給はんこと惜しげなり
午後2時ころ、申の刻に、源氏がお出ましになりました。髪をみづらに結っている顔つき、華やかさが印象的であるので、かたちを変えてしまうことが惜しいと誰もが思うのでした。

大蔵卿、蔵人つかうまつる。いと清らなる御髪をそぐ程心苦しげなるを、うへは、みやす所の見ましかばと思し出づるにたへがたきを心強く念じかへさせ給ふ
大蔵卿、蔵人が、お役にあたりました。とても美しい髪を切ってしまうのは、ためらわれる様子であるのをご覧になるのにつけても、この晴れ舞台を、亡き更衣が見ることができるのであれば、と思い出すのにつけても、感情があふれてきてしまわれるのであるが、溢れる思いを強く念じ変えていらっしゃるのでした。


2010年10月25日月曜日

添臥にも

引入れの大臣の皇女(みこ)腹にただ一人かしづきたまふ御むすめ、春宮よりも御気色あるを思しわづらふことありける、この君に奉らむの御心なりけり
引入れ役を仰せつかった左大臣の正室は今上の帝の妹宮に当たられていて、正室腹の一人娘を大切にお育てしているのですが、春宮よりも、お誘いがあったものの、思いわずらうことがあったのも、源氏の君に差し上げようというお心からでありました。

内裏にも御気色賜はらせたまへりければ、さらば、このをりの後見なかめるを添臥(そひぶし)にも、と催ほさせたまひければ、さ思したり
帝にもその旨お伺いをしていたところ、それならば、こういった折に源氏に後見人がないのだから、添臥にということでも、とお勧めいただいたので、元服の添臥しを折に婚約ということで決めていたのでした。

御前より、内侍、宣旨うけたまはり伝へて、大臣まゐりたまふべき召しあればまゐりたまふ
帝より、内侍に宣旨があり、左大臣をお召しになり、左大臣が参上します。

御盃のついでに
盃を頂く際のお言葉に

いときなき初元結に長き世を契る心は結びこめつや
加冠の時に結ぶ組みひもは紫であった、この組みひもを結ぶ時に、末永い夫婦の縁を約束する心を結びこめたのですね

御心ばへありておどろかせたまふ
帝のこころづかいにはっとする。

結びつる心も深き元結に濃き紫の色しあせずは
心を込めた深い紫の色だから、どうか色があせないでいてくれれば

と奏して、長橋より降りて舞踏したまふ
と奏上して、長橋より降りて、拝舞の礼をして帝に謝意をお表しになるのでした。

2010年10月20日水曜日

大臣の御里へまかでさせたまふ

その夜、大臣の御里に源氏の君まかでさせたまふ。作法世にめづらしきまでもてかしづききこえたまへり
その夜に、大臣の里の邸宅へ源氏をお呼びする。里では、めずらしい程の作法でお迎えになる。

いときびはにておはしたるをゆゆしううつくしと思ひきこえたまへり
たいへん若くて、可愛らしいのが、あまりにも怖ろしい程に感じられる。

女君はすこし過ぐしたまへるほどに、いと若うおはすれば似げなく恥づかし、と思いたり
女君はすこし年長でいらっしゃったので、とても若くていらっしゃるのが、似つかわしくなく、恥ずかしく感じてしまうとお思いになる。

この大臣の御おぼえいとやむごとなきに、母、宮、内裏のひとつ后腹になむおはしければ、いづかたにつけてもいと華やかなるに、この君さへかくおはし添ひぬれば
この大臣は帝の信任も厚くいらっしゃる上に、葵の上の母は宮様で、帝の妹であり、さらに帝と同じく后腹であられる、いずれにしても華やかなことこの上なく、この君までもがこうやって花を添えるようなふうでいらっしゃれば、

東宮の御祖父(おんおほぢ )にてつひに世の中を知りたまふべき、右大臣の御勢ひはものにもあらずおされたまへり
右大臣は東宮の祖父にあたられて、ついに出世の頂点へ立とうという勢いだったのも、こちらの華やかさに圧されたようになってしまった。

源氏の君は、上の常に召しまつはせば、心やすく里住みもえしたまはず、心のうちには、ただ藤壺の御ありさまをたぐひなしと思ひきこえて
源氏の君は、帝が側にいつもお召しになるので、ゆっくりと左大臣の邸にいることもなく、お心のうちには、ただ藤壺のご様子をたぐいないものとあこがれていらっしゃり

さやうならむ人をこそ見め、似る人なくもおはしけるかな、大殿(おおいどの)の君いとをかしげにかしづかれたる人とは見ゆれど、心にもつかずおぼえたまひて、幼きほどの心ひとつにかかりていと苦しきまでぞおはしける
こういう人とこそ結婚したいな、こんな方は他にいらっしゃらない、大臣のお嬢様は気品よくお育ちになられているけれども、心にしっくりくるわけではないし、と幼いほどの心ひとつに思い詰めて、苦しいほどでいらっしゃる。

内裏には、もとの淑景舎(しげいさ)を御曹司にて、母御息所の御方の人々まかで散らずさぶらはせたまふ
宮中では、そのまま 淑景舎に、母の時からの女房たちがお暇を与えずにそのままいらっしゃる。

里の殿(との)は 、修理職(すりしき)、内匠寮(たくみづかさ)に宣旨くだりて、二なう改め造らせたまふ。もとの木立、山のたたずまひおもしろきところなりけるを、池のこころ広くなして、めでたく造りののしる
母の実家の邸は、宮中の造園や、修理を司る役所に宣旨がくだって、この上なくすばらしい感じで造園の手を加えられることになった。もともとある立ち木や、庭の築山の感じにもともと趣きがあったところに、更に池を広くして、見事につくりあげ、大勢集まっている。

かかるところに、思ふやうならむ人を据ゑて住まばや、とのみ嘆かしう思しわたる
こんなところに、思いが通う人を据え置いて一緒に住みたいもの、とばかり嘆かわしいほど思いわたっている。

光る君という名は、高麗人(こまうど)のめできこえてつけたてまつりけるとぞ言ひ伝へたるとなむ
光る君という名は、例の高麗人が褒め称えてつけた呼び名であると、言い伝えが残っているようです。