この御子、三つになりたまふ年、御袴着のこと、一の宮のたてまつりしに劣らず、内蔵寮(くらずかさ)、納殿(をさめどの)の物をつくして、いみじうせさせたまう
この御子3歳になられた年の袴着の儀式は一の宮に劣らず、内蔵寮
納殿、の物をつくして、たいそう立派にとり行わせられた。
その年の夏、御息所、はかなき心地に患ひて、まかでなむとし給ふを、暇さらに許させたまはず
この年の夏、桐壺の女御は、はかないまでに体が弱ってしまい、里下がりをしようとされても、帝はなかなかお暇を出されない。
年ごろ、常のあつしさになりたまへれば、御目馴れて なほしばしこころみよ とのたまはするに、
ここ何年いつも具合が悪いのに慣れてしまい、もう少し宮中で養生をと仰せになられているうちに
日々におもりたまひて、ただ五六日の程にいと弱うなれば、母君泣く泣く奏して、まかでさせたてまつりたまふ
日々病いが重くなり、それからたった五六日のうちにたいへん衰弱してしまわれたので、母君が泣く泣く帝に奏上して、里帰りをおさせになる
かかる折にも、あるまじき恥もこそと心づかいして、御子をばとどめたてまつりて、忍びてぞ出でたまふ
こんな時でさえ、なにかはずかしいことがおこったりしたら、と心配をして、御子はそのまま宮中において、ひっそりと出発をされる。
御使ひの行きかふ程もなきに、なほ、いぶせさを限りなくのたまはせつるを、
使いが宮中と里を行きかうまもなく、またもや容態をお尋ねになるのに
夜中うち過ぐる程になむ絶え果てたまひぬる とて泣きさわげば、御使いもいとあへなくてかへり参りぬ
その頃、郷里では、夜中過ぎに命が絶えましたと泣きさわいでいたので、宮中からのお遣いの者ががっかりして帰ってきた。
きこしめす御心まどひ、何事も思し召しわかれず、こもりおはします
聞いた帝の御心まどいは、何事だかも思いもわからずに、お部屋に一人籠もっておしまいになられる
御子はかくてもいとご覧ぜまほしけれど、かかる程にさぶらひたまふ、例なきことなれば、まかでたまひなむとす
そうであっても、御子は側においておきたいけれど、こういった時に宮中におくことは例のないことなので、お里くだりされることになる
何事かあらむともおもほしたらず、さぶらふ人々の泣き惑ひ、うへも、御涙のひまなく流れおはしますを、あやしと見てまつりたまへるを
当の本人は、何があったのか思いもよらず、人々が泣き惑い、帝も涙のとどまることなく流れていらっしゃるのを、不思議、とご覧になっているのにつけても、
よろしきことにだに、かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、ましてあはれにいふかひなし
大往生の親が亡くなったとしても、このような親子の死別に悲しくないことはないのだから、ましてあまりにも幼いこどもが遺されたという、それがどれほどのことかと人々の心には感じ入る深い感慨を呼ぶのであった。