いづれの御時にか。女御・更衣、あまたさぶらひたまひけるなかに
いつの帝のときでしたか、女御や更衣が、たくさんお仕えされている中に
いと、やむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふ、ありけり
特段素晴らしい家柄ではなく、時勢に乗られ、
またとなく帝の寵愛を受けられている方がありました。
はじめより、われはと思ひあがりたまへる御方々、めざましき者におとしめそねみたまふ。
入内時より、われこそはと、志の高い方々からは、 目障りなものと
おとしめ、ねたましく思われて
おなじほど、それよりげろうの更衣たちはまして安からず
同じくらいの出、それよりも下の更衣たちにとっては、それどころではなく
朝夕の宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負うつもりにやありけむ
朝や夕方のお仕えの際にも、なにかにつけて人の心をあおり、
恨みを負うことがつもりにつもった結果でしょうか
いとあつしくなりゆきもの心細げに里がちなるを、いよいよあかずあはれなるものにおぼほして
病気がちになり、心細げに里がえりを繰り返すということが続くと、
帝はますますこころゆかしく、いとおしく思われて、
人のそしりをもえはばからせたまはず、世の例にもなりぬべき御もてなしなり
人のそしりもどこ吹く風で、世のかたりぐさにもなりそうなご寵愛の様子です。
先の世にも御契りや深かりけむ 世になく清らなる玉の男御子さへ生まれたまひぬ
前世でも深い契りをかわされたのでしょうか、世になく清らかな玉のような男の子までをも授かったのです。
いつしかと心もとながらせたまひて、いそぎ参らせてご覧ずるに、珍らかなるちごの御かたちなり
いつ参内するのかと、待ち遠しく、参内をせかせてご覧になると、めったにありそうもないすぐれたお顔立ちでした。
一の御子は右大臣の女御の御腹にてよせ重く、疑ひなき儲けの君と世にもてかしづき聞こゆれど、
一の御子は、右大臣の女御腹で後ろ身も厚く疑いなく世を継がれる方と大事にお育てしていらっしゃるけれど、
この御匂ひには並びたまふべくもあらざりければ、おほかたのやむごとなき御思ひにて、
この香り立つ気品には並ぶところがなければ、一の宮のことを帝はある程度普通に大切になさっていらっしゃるところが、
この君をばわたくしものに思ほし、かしづきたまふこと限りなし
この君を、わがものとお思いになられ、大事にお育てすること限りないのでした。