朝夕のことぐさに、羽を並べ枝をかはさむと契らせたまひしに、かなはざりける命のほどぞ尽きせずうらめしき
中国で「比翼の鳥」という言葉があって、現実界でない世界に住む鳥、オスメスがそれぞれ一翼づつで合体して飛ぶという鳥、長恨歌にの一節で、「天にあらば願はくは比翼の鳥たらむ、地にあらば願はくは連理の枝たらむ」とある。連理の枝とは二本の別の木の枝が結合して一本になっている木のこと。
朝夕に、いつもいつも一心同体であろうという契りをしたのにもかかわらず、それが今は叶わなくなってしまった命であるのが返す返す恨めしい。
風の音、虫の音につけてももののみ悲しうおぼさるるに、弘徽殿には久しく上の御局にも参う上りたまはず、月のおもしろきに、夜更くるまで遊びをぞしたまふなる。いとすさまじうものしと聞こしめす
風の音、虫の音を聞くにつけても悲しみがよみがえってくるのに、弘徽殿の女御は久しく上にも参上致せず、今日の見事な月夜にかこつけて、夜が更けるまで管弦の遊びをしている。笛の音や琴の音が少し離れた弘徽殿から、風にのって帝のお耳まで届いてくる。遠慮がなく思いやりのかけらもない、その心のすげなさ、冷淡さは、不気味なほどであるとお思いになる。
この頃の御気色を見たてまつる上人、女房などは、かたはらいたしと聞きけり。
この頃の帝のご様子を存じ上げているだけに、お仕えしている殿上人や女房などは、聞いていられないと帝のお気持ちを感じるとつらくなってしまう。
いと押し立ち、かどかどしきところものしたまふ御方にて、ことにもあらずおぼし消ちてもてなしたまふなるべし
たいへん我が強く、角が立つ性格でいらっしゃる御人で、なんてことなく、周りで何がおきていようとも心に留めずに日々を過ごされているようなのです。
月も入りぬ
月は西の空から沈んでしまっている
雲のうへも涙にくるる秋の月いかですむらむ浅茅生の宿
宮中でも涙にくれて月もよく見ることができない、それなのに、どうして浅茅生の宿では、月が澄んで見えるだろうか
おぼしめしやりつつ、ともしびをかかげ尽くして起きおはします
長恨歌にも、秋の燈かかげ尽くして未だ眠ること能はず、とあるように
帝は桐壺の里を思い遣りつつ、灯火の火が尽きるまで、そのまま起きていらっしゃる
右近の司のとのゐまうしの声聞こゆるは、丑になるぬるなるべし
丑の一刻(丑ひとつ):午前1時頃からは、左近衛府から右近衛府に警備が交代になる時間で、その申し出の声が聞えているから、丑の刻になったようだ
人目をおぼして、夜の殿に入らせたまひてもまどろませたまふことかたし
まもなく朝を迎える時間帯でもあるので、清涼殿の北側にある寝所にお入りになるが、一睡もできない。
今はた、かく世の中のことをもおもほしすてたるやうになりゆくは、いとたいだいしきわざなりと、ひとのみかどのためしまで引き出でささめき嘆きけり
こんなに世を捨てたようになってゆくのは、先行き不安でもってのほかであると、よその国の朝廷の例まで引き合いに出してはひそひそと嘆きあうのであった。